大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5277号 判決

原告

株式会社 高桑事務所

右代表者

髙桑哲治

右訴訟代理人

赤木巍

被告

栃木観光開発株式会社

右代表者

石村幸一郎

右訴訟代理人

藤井英男

古賀猛敏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告が被告に対して有する栃木カントリークラブのゴルフ会員権を訴外株式会社タムロン(東京都北区滝野川七丁目一七番一一号)に譲渡することを承諾させよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四三年九月一七日被告との間に被告が経営するゴルフ場である栃木カントリークラブ(栃木県岩出町六一六番地所在。以下「本クラブ」という。)に法人会員として入会する旨の契約を締結し、同日入会金として金六〇万円、預託金(入会保証金)として金一五〇万円の合計金二一〇万円を被告に支払って、本クラブの法人会員権を取得したが、この会員権は原告の被告に対する右契約上の地位であつて、その内容は、本クラブの施設を優先的に利用しうる権利、右預託金の返還請求権、年会費の納入義務などである(以下これを「本件会員権」という。)。

2  原告は、昭和五五年一〇月一日訴外株式会社タムロン(本店所在地 東京都北区滝野川七丁目一七番一一号。以下単に「タムロン」という。)との間で、本件会員権を代金八七〇万円で売り渡す旨の契約を締結した。

〈中略〉

三 抗弁(請求原因3(一)に対して)

1 被告代理人清水光雄は、昭和四三年九月一〇日ころ、原告が本クラブに入会するに先立つて、原告代理人鷹羽正純に対し、本クラブにおいては法人会員権の譲渡を承認しない方針であることを説明したところ、鷹羽は右方針を了承したうえで、本クラブ入会契約を締結したものであつて、このことから原、被告間には本件会員権の譲渡を禁止する特約が成立したというべきである。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、請求原因2の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二原告は、請求原因3(一)のとおり、本件会員権がいわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員権であることを理由として、被告は、特段の事由がない限り、本件会員権の譲渡を承諾すべき義務を負う旨主張する。

〈証拠〉によれば、本クラブは、ゴルフを通じて会員の体位の向上と親睦を図ることを目的とするもので、同クラブには本件ゴルフ場を所有し経営する被告の代表取締役が兼任する理事長のほか、理事長が委嘱する常任理事、理事等の役員が置かれ、理事長はクラブの事務を統轄し、理事をもつて構成される理事会がクラブ運営の事務を処理すること等が定められ、一応団体としての形式・外観を備えているけれども、他面において会員総会等会員の意思を表明する機関を具備せず、また、クラブ固有の財産もなく、従つてその財産管理に関する定めもないこと、クラブの運営はすべて被告の計算と負担において行われるほか、クラブ固有の従業員はなく、その事務処理はすべて被告の従業員がこれを担当していることが認められ、これによれば、本クラブはそれ自体独立して権利義務の主体たるべき社団の実態を有しないものというべきであり、クラブの理事長、理事会等の執行機関は被告の業務を代行しているものとみるべきである。そして、本件会員権が、原、被告間に締結される本クラブ入会契約上の地位であつて、その内容として会員たる原告は、クラブ施設の優先的利用権、預託金返還請求権の権利を有し、年会費納入等の義務を負担することは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本クラブは現在個人会員約一四〇〇名、法人会員約四〇名(登録人員数約一一〇名)、平日会員約三〇〇名を擁するが、これら会員も各々原告と同一の契約上の地位を有するものであることが認められる。

以上の事実に照らせば、本クラブは、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブであることが明らかであつて、本クラブの会員権は、クラブによる団体的規制又は会員相互の個人的結合の色彩が稀薄であり、画一的な内容の権利義務を包括する契約上の地位にほかならず、右のような地位は、譲渡禁止の特約がない限り、これを自由に譲渡しうるものというべきである。そして、右のような契約上の地位は、ゴルフ場経営者に対する債務を含むものであるから、その譲渡は、右経営者に不利益を与えることを防止するため、少くともその承諾がなければ同人に対する関係において効力を生じないと解すべきであるけれども、いわゆる預託金会員制のゴルフクラブの会員権の叙上の如き性質に照らして考えれば、会員(又は譲受人)からその会員権の譲渡につき承諾を求められたゴルフ場経営者は、特段の事由が存しない限り、その譲渡を承諾すべき義務を負うものと解すべきである。

そうすると、請求原因3(一)の主張は理由がある。

三そこで、進んで抗弁1の事実について判断するに、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

1  本クラブは、昭和三四年一一月三日に開設され、当初は法人会員の募集にも努め、その数も五五社に達したが、その後漸次法人会員の数を減少させる経営方針をとり、昭和三九年ころ以降は、一般的には法人会員の募集を停止した(現在の法人会員数は四〇社となつている。)。すなわち、本件入会契約が締結された昭和四三年九月当時においては、被告は、法人会員の入会については消極的態度を採つていた。

2  本クラブの規約上は、法人会員であると否とを問わず、理事会の承認を得て会員権を譲渡することができるものとされていたが、本クラブ理事会は、昭和三七年一一月二一日開催の理事会において、法人会員権の譲渡については理事会として承認を与えない旨の方針を決定し、少なくとも右決定以降は、法人会員権の譲渡が承認された例はなく(昭和三九年八月から同四八年四月までの間に本クラブの会員たることをやめた法人は一五社にのぼり、そのなかには、会員権の譲渡を希望した法人もあつたが、いずれも、譲渡について承認を得られず、右一五社は、すべて退会手続をとつている)、本クラブの前記方針は、外部に対しても表明されてきた。前掲甲第三号証の一の記載も、全体としてこれを見れば、同一法人内の名義書換は認めるが、他法人への名義書換は認めない趣旨に理解される。

3  本クラブの法人会員権は、記名式のものと、記名式・無記名式が併用されているものなどがあり、かつ、同一法人内の登録人数も法人により一定していなかつたため、法人会員権につき一率に名義書換料を定めにくい状態にあつた。そして、現実にも、本クラブにおいては、法人会員の他法人への名義書換料についての定めは存在したことがない。

4  原告は、本件入会契約締結時においては、その経営内容が良好で、従業員も約二五〇名を擁し、従業員の中にゴルフ熱が盛んであつたことから、従業員の福利厚生の充実を図り、併せて取引先接待の便宜を図るため、法人会員権である本件会員権を取得したものであり、本件会員権を他に譲渡して利益をあげることは当時考えてもいなかつた。すなわち、原告としては、譲渡禁止の特約が付されたとしても、それを特に不利益と考える状況ではなかつた。

5  本件入会契約は、原告代理人鷹羽正純と被告代理人清水光雄との間で締結された。鷹羽は、原告が持株会社であつた株式会社趣味と生活本社の商品開発の主任であり、清水は、被告の営業担当の社員であつた。

本件入会契約が締結された昭和四三年九月当時は、ゴルフ会員権市場はいわゆる買手市場であり、本件入会契約も清水の勧誘に端を発するものではあつたけれども、清水が個人会員権の購入を勧めたのに対し、鷹羽は法人会員権(無記名四口)の購入を希望したため、両者間に交渉が重ねられ、鷹羽の強い希望があつた結果、被告としてはすでに一般的には法人会員の募集を停止していた時期であつたのではあるが、結局、一種の妥協として、法人会員権(記名三口、無記名三口)の購入を認めるに至つた。すなわち、清水が鷹羽に対し、会員権を購入してもらうために、法人会員権の譲渡禁止を秘匿しなければならないような状況は存在しなかつた。

以上の各事実が認められ、右各事実と抗弁1の事実に沿う〈証拠〉を総合すれば、抗弁1の事実を認めることができ(但し、抗弁1の約定の成立時期は昭和四三年九月一七日と認める)〈る。〉

なお、成立に争いのない甲第一号証(本クラブ理事長名義の栃木カントリークラブ入会証書)の表面には、「法人会員株式会社髙桑事務所殿」という表示がタイプで打刻されたうえ、「入会証書は理事会の承認を得て譲渡することができます。」という文言が不動文字で印刷されているところ、右にいう「入会証書」とは、原告の被告に対する入会契約上の地位すなわち本件会員権を意味すると解釈できるから、原、被告間には、右入会契約に際して、原告が本件会員権を本クラブ理事会の承認を得て第三者に譲渡できる旨の合意が成立したものと認むべき感がないではないので、以下にこの点についての判断を示すことにする。〈証拠〉によれば、被告は、従前から法人会員に交付する入会証書の用紙として特別の様式、体裁のものを準備しておらず、個人会員用のそれを流用していたのであるが、原告に交付された入会証書についてもこれと同様であつたこと、右のような取扱いのため、法人会員に交付される入会証書に前記のような不動文字の文言の記載がそのまま放置される結果となつたのであり、被告としては、右入会証書の記載をもつて法人会員権の譲渡ができる旨を表示したものとは考えていなかつたこと、右入会証書は、抗弁1の譲渡禁止の特約付の本件入会契約が締結された昭和四三年九月一七日より後である同年一〇月一日以降に、被告から原皆に交付されたものであることが認められる。

これらの事実に照らせば、前掲甲第一号証の表面の前述の記載のみをもつてしては、いまだ前記認定を覆すに足りないというべきである。

他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて、原告からタムロンへの本件会員権売買契約は効力のないものであつて、原告は被告に対し右契約による譲渡につき承諾を求めることはできないといわなければならない。

よつて、抗弁1は理由がある。

四次に、請求原因3(二)について考えるに、すでに判示したとおり、本件入会契約の締結に際しては、原、被告間に本件会員権の譲渡禁止の特約が成立していると認められるから、請求原因3(二)の事実を認めることはできない。

五以上判示のとおりであつて、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(伊藤滋夫 畔柳正義 小池信行)

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